(第1ステージ)

鳥の彫刻

ー日本の野鳥の飛翔姿ー

森岡茂樹


English

まえおき

 定年まで大学に勤め、応用力学を専門分野として、教育・研究に携わって来ました。 定年後、幼い頃から憧れていた美の世界を訪ね、また、自然の動的な形態美を捉えた彫刻に挑戦してみようと思い立ちました。 かって NASA エームズ研究所や パリⅥ大学に滞在していたとき、これらの国々の自由と創造を尊重する国民性や社会的風土に接し、模倣に頼りがちな、またそれに無神経になっていた日本人として考え直すところがありました。

 ゼロからの出発、限られた時間、体力の衰え、今日までやって来たこととの整合性など、課せられている条件を考慮して、自然の動的な形態美として 日本の野鳥の飛翔姿に焦点を絞り、飛翔の力学を考慮したCG法に準じた設計図の作成、多価・多尺度・多層曲面構造体 としての表現、形(形態形成)の科学、色彩(絵の具)の科学や光学を考慮した彫刻や彩色、さらに、やがて実現するであろうこれら工程のデジタル化へ の移行をも視野に入れて、自然の中の美、そして、その美の中の真実を追究し、それを表現してみようと考えました。 

 具体的には、日本で見られる野鳥の代表的な、条件の異なる飛翔姿 20態を選び、それらの作品1号を制作することです。 小さな時間尺度で捉え られる、それぞれの野鳥に固有な翼や羽根の大きさ・形状・構造にも関係した、それぞれの野鳥に特有な飛翔方法を特徴づける飛翔場面を表現すること です。 1態の制作に平均3ヶ月かかるとして、5年が必要であると予想されます。 それに続き、その間に向上するであろう野鳥に関する知識や制作の 技術によって、作品1号を修正・改善し、作品2号・・・を制作することです。 新しい飛翔姿を追加することも考えられます。

 ここで取り上げる野鳥の飛翔姿は、力学的観点からだけではなく、多価・多尺度・多層曲面構造体としての表現、形や色彩の科学の観点からも 興味ある例と考えられます。

 鳥の飛翔姿の表現で、一般に 自然の動的な形態美の表現で、力学を無視することはできません。 力学的に理想的な姿形が最も自然で美しく感じ られると言われています。 しかし、鳥の飛翔の力学の問題を正確に解くことは非常に難しく、従って、鳥の飛翔の力学的な説明は、まだかなり定性的な ものであると言わざるを得ません。 補足では、昔 学習した力学を思い出しながら、鳥の飛翔に関連した力学の問題 から重要と思われる話題を取り上げ、飛翔姿の鳥の彫刻をそれらの例に用いて、簡潔に分かりやすく説明したいと考えています。 実際に、鳥の飛翔姿は 長さ・時間の尺度に関して多重構造をもつ複雑系として、現代の力学の視点からも興味ある題材です。

 日本には、橿原市の四条遺跡の円墳からほぼ完全な形で出土した鳥の形の木製品(6世紀前半)、宇治市の平等院鳳凰堂大棟上にある一対の鳳凰(1053)、 鹿苑寺金閣(1398)や慈照寺銀閣(1489)の棟上にある鳳凰、日光東照宮陽明門袖垣・回廊の外壁を構成しているとそれらの添景の透かし彫り(1646)など、 古くから、(美術工芸としての)飛翔姿の鳥の彫刻は多く、それらには驚くべき美の中の真実が表現されています。 これについても適当なところで触れて みたいと思っています。

 実際には、資料の収集や分らない事の解決に予想以上に時間が掛かり、また、途中で本の編集や執筆など、他の仕事にも時間を費やしたため、予定より かなり遅れが出ています。 私は、進捗の速さに変化はあるにせよ、思考や技が発展している限り、最高の作品なぞ在り得ないと思っていますが、 ある時点で、これまでの成果を振り返り、整理・記録し、また公表して多くの方々のご意見を伺うことは必要だと思っています。 1995年にスタートして から10年が経過した時点で、それを実行したのがこのホームページです。




  

① トビの帆翔(局地的上昇気流利用)
② ノスリのハンギング(斜面上昇気流利用)
③ アホウドリの帆翔(海上風境界層利用)
④ カワセミの急降下(短腕扇翼)
⑤ ハヤブサの急降下(短腕尖翼)
⑥ タンチョウの羽ばたき飛翔(ほぼ1点ヒンジの羽ばたき)
⑦ ダイサギの羽ばたき飛翔(2点ヒンジの羽ばたき)
⑧ レースバトの羽ばたき飛翔(引き上げ-後ろ払い)
⑨ セグロセキレイの羽ばたき飛翔(バウンディング飛行/羽ばたき加速)
⑩ ツバメのスラローム
⑪ スズメのホバリング
⑫ ヒバリのホバリング/垂直上昇
⑬ コハクチョウの離水(助走)
⑭ マガモの離水(助走なし)
⑮ キジバトの離陸(助走なし/緊急)
⑯ キジの垂直離陸
⑰ コチョウゲンボウの離陸(風に向かう足蹴り)
⑱ カルガモの(パラシュート)着水
⑲ モズの(投げ上げ)着陸
⑳ ウミスズメの水中飛翔





あとがき

 アクリル絵具やバーニングペン、ダイヤモンドカッターに驚き、デジタル技術の発展を意識して、欧米のリアルカ―ビングに挑戦している今の人々は、 油絵具に驚き、写真技術の発展を意識して、西洋絵画のリアリズムに挑戦した明治初めの人々とどこか共通したところがあるように思われます。  日本の伝統的な彫刻や木工の技法を忘れ去ることはできず、欧米のリアルカ―ビングをほとんどそっくり真似ることには(少なくともそれを創作と言うには) 疚しさを感じ、霧の彼方から刻々と近づいて来るデジタルカ―ビングを気にしながら、鳥の彫刻におけるリアリズム(北澤 他3名 編:美術のゆくえ、美術史 の現在、1999、平凡社)とは何かを問い質しています。

 仏像の復元、舞踊やアクションのトリックなどで既に始められているように、デジタルカ―ビングにはいろいろな方法が考えられますが、例えば 異なる方向から同時撮影された複数のデジタル写真に基づき、ある瞬間における鳥の表面関数(多価・多尺度・多層曲面構造に対して一般化された設計図/ デジタル設計図)のデジタルデータを作成し、それらのデータを入力することによってコンピュータ制御された切削機や塗色機を用いて、彫刻や彩色をする ことが考えられます。 そして、それらの装置や機械の性能(精度や処理速度)の向上とともに限りなく現実に近い物ができると思われます。 ただ形態的な 正確さだけを追求するのであれば、デジタルカ―ビングの開発研究に取り組むべきであろうと思います、再び アメリカや中国の真似事に甘んじないためにも。

  

 自然の中の美の、ともすれば曖昧で客観性に乏しい、旧態依然とした写実に止まらず、飛翔の力学、形の科学、色彩の科学 などの観点から、それを 表現しようとすることは、科学技術の発展・普及した現代社会において上に述べた問“鳥の彫刻におけるリアリズムとは何か?”に対する答えの一つかも 知れません。 日本の野鳥の代表的な飛翔姿20態(それぞれの飛翔方法を特徴づける決定的瞬間姿 25態)をまとめて一つの作品と考えています。 “野鳥の基本的な飛翔姿”とでも言えるでしょうか。 作品1・2号では主として彫刻刀を使用しました。 それは、日本の伝統的な彫刻や木工の技に魅力を 感じ、また、粉塵やモーターの騒音に弱い体質もあるのですが、(それを横切って導関数が不連続になる)境界線の多い多価・多尺度曲面構造の(特に中型や 大型の)鳥の飛翔姿の彫刻には適していると考えたからです。 幼い頃、寝室の鴨居に掲げてあった「真善美」と書かれた額が、父母の面影とともに 脳裏に浮かぶのは歳のせいでしょうか。





補足(飛翔の力学)

 

① 飛翔姿の鳥の彫刻と力学
② 一様な気流中に置かれた翼、循環のある流れ
③ 静止した気体中で運動する物体(鳥)が受ける力
④ 有限翼の羽ばたきによって生じる渦跡、その飛翔姿への影響
⑤ 横揺れを安定化し錐揉み墜落を防ぐ機構、対応する飛翔姿
⑥ 鳥の操舵方法、方向を変えているときの姿
⑦ 層流境界層、乱流境界層、境界層剥離、飛翔体が受ける抵抗への影響
⑧ 翼列としての初列風切羽、その有効な形状
⑨ 鳥の緊急離陸に対する多段式ロケットモデル
⑩ 振動する翼(周期的に羽ばたく翼)に作用する力、翼の形と羽ばたく姿の分類
⑪ 羽ばたき飛翔姿の表現について、時間尺度の多重構造
⑫ 鳥の飛翔の力学の問題、その解き方と難しさ




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