⑯ キジの垂直離陸

 短腕・裂翼のキジの離陸に関しては、「ほとんど垂直に飛び立つ」、「はげしく羽ばたく」、 「すばやく羽ばたく」 といった記述が多く、また、翼に関しては、「短い腕」、「強力な大胸筋」 といった 記述が目立ちます。 キジの離陸姿は、ホバリングしているスズメの羽ばたきに似た緊急離陸姿のよう にも思われますが、打ち下ろすとき翼のまわりにどのような気流が発生し、翼がどのような力を受けて いるかを示す高速度撮影写真や数値解析の結果を手に入れることはできません。 しかし、上の記述 は発生する流れが著しく非定常・3次元的であるとを示唆しています。 翼の形状・構造や特性時間・ 特性長さは異なりますが、(非定常・3次元効果が著しいと考えられる) ガ や チョウ の離陸では、 平らな膜翼を打ち下ろすとき、非定常運動に伴う前縁渦とスパン方向の流れが生じ、準定常計算値の 2倍以上の垂直力が発生するという数値解析の結果が示されています(第2版 流体力学ハンドブック  巻頭写真、日本流体力学会編、1998、丸善)。 キジが垂直離陸する場面の高速度撮影写真、短腕・ 裂翼の羽ばたきで発生する非定常・3次元流れや揚力の計算が切望されます。

制作:2001年10月、実寸(全長=80cm、翼開長=75cm)


 なお、キジは、急勾配で羽ばたき上昇した後、滑空飛行 に移行することが観察されています。キジの翼面荷重は非常に大きいので、最小滑空速度もかなり 大きいと考えられます。 それゆえ、羽ばたき上昇から滑空飛行へ移行するところでは、(位置エネル ギーを運動えねるぎーに変えるために)キジは急下降するでしょう。 このような迅速な移動の方法は ムササビの移動の方法(R マクニール アレクサンダー(東昭訳)“生物と運動 バイオメカニックスの探求” 1992、 日経サイエンス社)とよく似ています。



 キジは日本の国鳥です。 鶏の仲間ではありませんが、その飛び立つ姿には、短腕・裂翼の 鳥として類似したところがあります。 キジの羽の色は実に多彩で、模様(斑・縞・縁)も複雑 です。 これらは視距離によって多様に変化します。 また、各部の色彩や陰陽は、表面の 成層や形状とともに、照射光線の方向や視線の方向によっても多様に変化します。 これらを 巧く表現することは、その離陸姿(また、その飛翔の力学)とともに、高度な技(また、知識)を 必要とする魅力ある今後の課題です。


 キジの離陸姿は、宇治市の平等院の鳳凰堂大棟上にある一対の鳳凰の姿を連想させます。  それは1053年に仏師 定朝によって制作されたといわれています。 日本で昔から飛翔姿の鳥の 彫刻が多いのは、この世からあの世へ魂を運ぶ使者として、鳥が考えられていたことにも関係がある ように思われます。 大棟上の鳳凰もあの世からやって来た使者の着陸姿であると言われて いますが、力学的に見れば、頭の部分を除き、むしろ離陸姿のように思われるのですが。 鹿苑寺 金閣(1398)や慈照寺銀閣(1489)の棟上のそれらは、正に 天に向かって垂直に飛び立つ短腕・ 裂翼の鳥の姿を表しています。 今ではさしずめビルの屋上や発射台から大空や宇宙へ飛び立つ ヘリコプターや宇宙ロケットというところでしょうか、しかし力学の原理は全く同じものです。 



最初へ

次へ

分類表へ