静止した大気中の滑空では、力のバランスから、
滑空角度(進行方向と水平面の間の角度)~抗力/揚力
のように表すことができます、揚力/抗力は揚抗比とよばれています。 局地的な上昇気流に乗って
帆翔するトビは、降下速度~滑空速度×滑空角度 が最小になるような飛翔姿をとるでしょう。
最小滑空速度が√翼面荷重 に比例することが示されています(R マクニール アレクサンダー(東昭 訳)
“生物と運動 バイオメカニックス探求” 1992、日経サイエンス社)、翼面荷重とは重力/翼面積のことです。
トビの翼は比較的大きく、その重さも比較的大きいと考えられるので、重心は比較的前方にあると思われます。
翼は圧力中心が重心の上に来るように配置されねばなりません。 翼の迎角や形状は、上の関係から、
できるだけ大きな揚抗比で、重力に対抗できる揚力を作り出すようなものになるでしょう。 揚力は
胴の近くで発生させる方が構造強度上都合がよいので、次列風切は比較的大きな迎角をもつと
考えられます。 初列風切は各羽が分離し、羽先が上方に反り、羽の間に隙間ができた状態になって
います。 これらは、横揺れを安定化し、境界層剥離を防ぎ、低速飛行で大きくなる誘導抵抗を減らす
効果があると考えられています。 尾は滑空方向に直角な力が生じないような傾きと曲がりをもつと
考えられます。 上昇気流の速度が降下速度より大きいとき、トビは上昇気流に乗って高度を上げる
ことができます。
制作:1996年7月、縮尺:1/2(全長=59cm、翼開長=157cm)
(青字は作品1号、 赤字は作品2号を示す)
同上作品を別方向から見る
上昇気流に乗って大空に輪を描きながら帆翔する姿(進行方向を変えているときの姿)の力学は、 補足の話題5や話題6で 取り上げられています。 しかし実際には、我々が自転車に乗ってカーブした凸凹のある坂道を下って 行くときのハンドルさばきや身の動きのように、トビは(気流の乱れによって)不規則に揺れ動きながら 尾や翼のさばき、身の動きをして、安定性を保ちながら輪を描いていくといった複雑な姿をとるでしょう。 それを彫刻でどのように表現すればよいかを考えるとき、補足での 話題1や話題11が参考になるでしょう。
制作:2004年1月、縮尺:1/2
同上作品を別方向から見る
トビの外形は多価・多尺度の曲面です。 多尺度は、鳥の全長や翼開長などに対応する大きな
尺度、羽根の長さや幅などに対応する中間の尺度、羽根の微細構造(羽軸・羽枝など)に対応する
小さな尺度から成り立っています。 遠くからは、多価や大きな尺度の美しさが見られ、近くからは、
中間尺度や小さな尺度の美しさが見られます。 トビの各羽には特有の色彩と模様(斑・縞・縁など)が
あります。 これらはトビから離れるにつれて、平均化されて見え、変化します。 また、各部の陰陽や
色彩は、表面の形状や層構造とともに、照射光線の方向や視線の方向によって変化します。
照射光線や視線の方向によって変化する美しさは、3次元空間の造形(彫刻)だけがもつ特性であって、
これを制限すると彫刻の意味が無くなります。 これは、陰陽や色彩の施し方が2次元空間の造形(絵画)
と本質的に異なる点でもあります。 野鳥はそれぞれに特有の色素をもっており、それらの混合や凝集
によって特有の色彩や模様が現れると仮定すれば、それぞれの野鳥の自然な色合いが出るように
思われます。 これは遺伝子科学や形態形成の科学にも関係した今後の課題です。
翼を水平に広げただけで、強い上昇気流に乗ってぐんぐんと舞い上がり雲間に消えて行くトビ
を見つめていると、橿原市の四条遺跡の円墳からほぼ完全な形で出土した木製の鳥の姿が思い出され、
天国へ通う便を想像した大和朝廷時代の人々の心情が分かるような気がします。