補足(飛翔の力学)

話題1. 飛翔姿の鳥の彫刻と力学
話題2. 一様な気流中に置かれた翼、循環のある流れ
話題3. 静止した気体中で運動する物体(鳥)が受ける力
話題4. 有限翼の羽ばたきによって生じる渦跡、その飛翔への影響
話題5. 横揺れを安定化し・きりもみ墜落を防ぐ機構、対応する飛翔姿
話題6. 鳥の操舵方法、方向を変えているときの姿
話題7. 層流境界層、乱流境界層、境界層剥離、飛翔体が受ける抵抗への影響
話題8. 翼列としての初列風切羽、その有効な配列
話題9. 鳥の緊急離陸に対する多段式ロケットモデル
話題10. 振動する翼(羽ばたく翼)に作用する力、翼の形状・構造と羽ばたき方
話題11. 羽ばたき飛翔姿の表現について、時間尺度の多重構造
話題12. 鳥の飛翔の力学の問題、その解き方と難しさ



話題1. 飛翔姿の鳥の彫刻と力学

 飛翔姿の鳥の彫刻で、一般に 自然の動的な形態美の表現において、力学を無視することはできません。  それは、制作に必要なだけではなく、鑑賞や評価のためにも必要です。  早い話が、たとえ鳥の表面が美しく仕上げられていても、力やモーメントのバランスがとれていなければ、 路上で転倒している晴れ着姿の人の彫刻と似たものになるでしょう。 鳥の飛翔姿は、鳥の大きさや形 (特に翼のそれら)、飛翔の方法、大気の状態によって異なりますが、それらそれぞれの場合にも、 力やモーメントのバランスがとれた姿は多様にあります。 それが自然界で見られる野鳥の千差万別な 飛翔姿であると言えます。 しかし、それらには、安定性、制御性、操舵性、抵抗の節減、力の負担、 エネルギーの消費、構造強度などにおいて優劣の差があります。 そして、不思議なことには、これら の全てにわたって総合的に優れた姿、飛翔の目的に対して最も合理的な姿、いわゆる力学的に理想的な姿は、最も自然で美しく感じられます(懸垂線の輪郭を もつ寺院の屋根のように)。 飛翔姿の鳥の彫刻は、自然界の野鳥の姿のアドホックな写実ではなく、 力学的に理想的な姿を捉えるべきであろうと思っています。 これは、三井秀樹氏の“形の美とは何か” (2000、NHKブックス 822)の終章‘自然の形の復権’での 複雑系の美に対する結論とも符合しています。  野鳥の力学的に理想的な飛翔姿は正にその典型的な例といえるでしょう。 飛翔姿の表現に関連して、 話題11の “羽ばたき飛翔姿の表現について、時間尺度の多重構造” もご覧下さい。

 力学とはいっても、古典力学とよばれているもので十分で、これは 1687年にニュートンによって 完成され発表されたものです(ちなみに赤穂義士の討入は 1703年のことです)。 古典力学と いうのは、巨視的力学ともよばれ、人の感覚で認識できる力学現象を対象とする力学のことで、 力学現象は全て3つの法則(慣性、運動量と力の関係、作用反作用)によって説明できるという ものです。 それから 300年余が過ぎ、力学の教科書や参考書は図書館や書店に溢れ、力学の 授業は小学校、中学校、高等学校、大学の前期課程を通して繰り返し行われ、単位の取得や 卒業証書からも、理解しているはずであると考えられます。 それにもかかわらず、飛翔姿の鳥の 彫刻で力学の話がほとんど出てこないのが不思議に思われます。

 古典力学の法則を力学現象に用いるとき、まず、対象を質点、剛体、弾性体、非圧縮性流体、 圧縮性流体などの系にモデル化しなければなりません。 また、これらのモデルに対して力学の 法則の表式が異なることを知っていなければなりません。 力学は微分・積分の考え方によって 完成されたもので、一般的にはベクトル解析や微積分方程式の知識が必要になります。 しかし、 ある条件の下では、力学の法則を表す式は簡単な形になり、ときには解まで得られます。  これらは力学の定理として知られており、物理的に重要な事実を表しています〔流体が関係する 力学の定理は、流体力学ハンドブック(日本流体力学会編、1998、丸善)に網羅されています〕。  ベクトル解析や微積分方程式を知らなくても、力学の定理によって力学現象を理解することが できます。 ただ、それらの定理が成り立つ条件や定理の結果の物理的な意味を、また、簡単化 された表式の特異性に対する物理的な説明を 正しく理解していなければなりません。 飛翔姿の 鳥の彫刻で力学の話が出てこないのは、学習したこれらのことを忘れ、学習し直すのが煩わしい からではないでしょうか。 補足(飛翔の力学)では、そのようなことを考慮に入れて、むかし学習した 力学を思い出しながら、鳥の飛翔に関係した重要とみられる力学の話題を取り上げてみたいと 思っています。

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