話題3で示されたように、鳥の飛翔は、鳥がある動作をするとき、重力による鳥の動きとともに、周囲の空気 が動かされ、それによって鳥に作用する力が発生し、その力が鳥に作用する重力とともに鳥の浮揚/推進/ 操舵/姿勢制御/制動に必要な力およびモーメントを作り出すことによって行われます。 これに対して、鳥の 飛翔の力学の問題は、“与えられた固有の大きさ・形状・構造をもつ鳥が、大気の流れおよび重力の下で、 浮揚/推進/操舵/姿勢制御/制動に必要な力およびモーメントを得るためには、その鳥はどのような動作を しなければならないか?” のように与えられるべきでしょう。 しかし、このような逆問題を解くことはほとんど 不可能であり、また、話題1で触れたように、多くの条件を付けない限り、解は唯一に決まらないでしょう。
そこで、普通、 次のようなストレートフォワードな方法が取られています:
① 鳥の大きさ・形状・構造を(多自由度の剛体/弾性体の系で)モデル化し、(鳥に相対的な)大気の流れ
および 重力の下で要求される飛翔状態を与えるであろう鳥の動作を仮定する;
② それらを初期・境界条件として、鳥のまわりの(非圧縮性/圧縮性)流体の運動方程式(力学の第2法則)
を解き、流体の流れ場に対する解を見出す;
③ その解を用いて、ある時刻に対して、鳥の表面に作用する圧力および粘性応力を求め、それらの応力
およびそれらの応力の(重心に関する)モーメントを鳥の表面全体にわたって積分して、鳥に作用する力
およびモーメントを求める;
④ それらの力と鳥に作用する重力との合力、および(重心に関する)モーメントから、鳥がどのような飛翔状態
(停止/定常/加速/減速/回転)にあるかを判断する。 それらの合力およびモーメントが時間に依存する
ときは、それらを適当な時間(例えば、羽ばたきの1周期)にわたって積分して、時間平均された合力および
モーメントから、その飛翔状態を判断する;
⑤ もしそれが要求される飛翔状態と異なるならば、①で仮定した鳥の動作を修正し、②~④の計算を繰り
返し、要求される飛翔状態(またはそれに近い状態)が得られるまで続行する。
この方法は、巧く言えば 予測-修正法 または修正反復法、悪く言えば 出たとこ勝負の方法と言った
ところでしょうか。 修正にはいろいろな方法が考えられますが、例えば、揚力の過不足は翼の迎角の減増に
より、またモーメントの有無は尾の傾きや重心の位置の修正により行えるでしょう。 これらは航空機の設計や
操縦の手法と同様です。 一方、臨界速度を越えたときの推力は速度の増加とともに急増する空気抵抗と
釣り合い、時間が経過するにつれて定常状態に近づくでしょう。 しかし 実際には、この方法でも、一般に
境界の位置・形が時間に依存し、また、循環や後流(剥離流)などが発生・消滅する過程の複雑な非定常・
3次元構造の流れのために、モデル化した鳥の形状・構造や動作がかなり簡単な場合でさえ、非常に手間の
かかる計算が必要になるでしょう。
力の発生する部分が特定の部分(例えば翼や尾など)に集中している場合は、それらの部分をそれ
ぞれ切り離して考え、②~③に従って それらの部分に作用する力およびモーメントを求め、(元に戻して)
それらの力およびモーメント と重力との合力および合モーメントから鳥の飛翔状態を結論するといった簡単化
ができます。 さらに、特定の部分に作用する力を求めるのに力学の定理(いわゆる 翼理論)が利用できる
ならば、計算の手間を省き、見通しのよい結果 (無次元パラメータを含む解析解による表現) が得られるでしょう。
特に、循環や後流などが発生・消滅する特性時間が羽ばたきの特性時間(周期)に比べて十分小さいと考え
られる場合には、前者の影響を無視する (いわゆる 準定常流れを仮定する; 発生・消滅の特性時間より大きな
時間尺度で表現する) ことによって、さらに簡潔で見通しのよい結果(表現)が得られるでしょう。 今日みられる
鳥の飛翔の力学の問題に関する包括的な説明や議論の多くは、このような場合について (このような場合を
仮定して) また、次に述べるような複雑な効果を抜きにして、なされているように思われます。
一方で、上で触れたように、 鳥の形状・構造や動作のモデル化において、ある程度の影響は及ぼすが、
主要ではないと考えられる複雑な効果を無視すれば、それに伴う簡単化ができて、それに伴う手間が省ける
でしょう。 そのような効果として、翼端の効果 (話題4)、翼の形状・
面積・構造の変化の効果(話題10)、両翼・尾・足・胴・頭の連携効果
(例えば、ハトの緊急離陸、カモの着水)
などが挙げられます。 ここで特に注意すべきことは、これらの効果がそれぞれの鳥やその飛翔方法に
よって多様に異なることです、また、ときにはこれらの効果が主要な役を演じる場合もあることです。
飛翔姿の鳥の彫刻は これらの効果の存在を表現し 理解する上で役立つでしょう。 結論では、存在し得る
効果 および それらの効果を含めるとき どのような影響が どの程度に現れるかについて (それぞれの効果を
モデル化した計算なども含めて)でき得る限りの議論がなされねばなりません。
上に述べたような多くの難しさのために、野鳥の飛翔の力学の問題の解は、 まだ かなり定性的な部分を
含んでいると言わざるを得ません。 特に、小型の鳥のホバリングや羽ばたき飛行では、動作の多様性に
加えて、非定常・3次元性のために(羽ばたきの特性時間が循環や後流の発生・消滅する過程の特性時間に
近づき、翼幅の長さが翼弦の長さに近いために)、また、自然環境の中で、その速い動きを、望まれる特定の
視方向から、小さな時間尺度で正確に捉えることの難しさのために、定性的にもまだ知られていない部分が
多いように思われます。 高速度撮影や可視化の技術、数値流体力学やコンピュータ(ソフト/ハード)の
今後の発展・普及は、これらの効果を与える より正確なモデルを設定し、その解を見出し、野鳥の飛翔の
力学の問題の解明、そして 野鳥の飛翔姿のより正確な表現に貢献すると思われます。 それにしても、
飛んでいる野鳥を観察しながら、その飛翔の力学の問題の解き方(形状・構造や動作のモデル化など)を
考えていると、その飛翔の姿形が自然にイメージアップされてくるのが不思議です。