翼の打ち下ろしと引き上げの繰り返しによって与えられる翼の振動運動(羽ばたき)は、鳥の進行速度 (ゼロを含む)、それに相対的な振動の方向(一般に 振動行程中に変化する)、振動の周波数、打ち下ろし 時間/引き上げ時間(一般に各行程を通して速さに変化がある)、さらに “振動中に変化する翼の形状・構造や 面積” によって、非常に複雑な運動となります。 翼の形状・構造や面積の変化は、手首・肘・肩のヒンジの 屈伸、翼幅方向に異なる翼弦・迎角・反りの時間的変化、風切羽の畳み/広げ、風切羽の隙間のできる分離 (翼列形成)などによって作り出されます。 さらに、鳥の翼の3次元性を考えるとき、それは簡単な翼理論で 十分に説明できるとは思われません。 実際に野鳥が振動の1周期の間にどのように翼の形状・構造や 面積を変化させているかは、例えば、吉良幸世氏(自然はともだち-南沢博物誌-自由学園出版局、 2000、婦人の友社)のNHKの高速度撮影フィルムからの明確なスケッチやそれらの分類からも知ることができ ます。
打ち下ろし-引き上げの方法は、それぞれの鳥に固有な翼の大きさや形状・構造、その鳥の体力 (胸筋力)に合わせて多様ですが、いずれも、浮揚に必要な揚力とできるだけ大きな推力を省力・省エネルギー の方法で、また、それぞれの鳥の形状や構造の特徴を生かしたなるべく簡単な動作で、如何に作り出すかに 工夫がなされています。 特に、問題は翼を引き上げるときに生じますが、負の揚力や推力を最小限に抑える 工夫に止まらず、それらをゼロにする、さらには正にする工夫も見られます。 ここで取り上げられた タンチョウの1点ヒンジの羽ばたき飛翔、 ダイサギの2点ヒンジの羽ばたき飛翔、 レースバトの引き上げ-後ろ払いの羽ばたき飛翔、 セグロセキレイのバウンディング飛行や羽ばたき加速飛行 などはそのよい例です。
鳥に作用する推力や揚力は、打ち下ろし-引き上げの1周期にわたる平均値によって与えられると考える べきです。 ホバリングや垂直上昇、重力と同程度の浮力が作用する 水中飛翔 では、打ち下ろし/引き上げによる正/負の推力、正/負の揚力が相殺するように工夫されることが あります。 小型の鳥の羽ばたき飛翔時の初列風切羽も、引き上げのときは、正の揚力と正の推力を同時に 得ることはできないので、正/負の揚力を相殺させて推力を連続的に作り出しています。 この場合、揚力は 上下動が小さく翼弦長が大きい次列風切羽によって与えられます。 セグロセキレイの羽ばたき加速飛翔姿はそのよい例と言えるでしょう。 それぞれの鳥がどのような 方法で翼を打ち下ろし引き上げているかを観察し、 飛翔の力学の観点からその特徴やその鳥の知恵(進化の相違)を知り、それを表現することは非常に興味 あることです。
予想されるように、鳥の羽ばたき飛行に関する観測や実験、理論的考察はこれまでに多くの人々に よってなされています。 日本語の図書として、“現代の鳥類学-日本鳥学会70周年記念-”(1990、朝倉)の中の黒田長久氏の ‘鳥類飛翔学-翼型’の章、神部勉氏の解説“はばたき飛行の空気力学”(nagare 9-2、1977、流体力学懇談 会)、東昭氏の著書“生物の動きの辞典”(1997、朝倉)の中の‘無動力飛行’、‘動力飛行’の章などは、 飛翔姿の鳥の彫刻に取り掛かる前にぜひ読んでおきたいものです。 少なくとも、これまでに行われてきた 観測や実験から、制作しようとしている鳥が、どのような翼の形(特徴)をしていて、どのような飛翔姿をとる (羽ばたき飛行をする)鳥に分類されているかを知り、実際の飛翔の条件も考え合わせて、野外で観察したり、 テレビやビデオ、スナップ写真やストロボ写真で見るその鳥の飛翔姿を理解し確かめておくことが必要でしょう。
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