⑤ 鳥の羽ばたき飛翔のメカニズム、小型から大型まで全ての鳥に適用できる羽ばたき飛翔の力学的説明 


 鳥の飛翔は、本来 非定常・3次元の運動であって、定常や2次元の運動を条件とする流線やベルヌーイの定理、2次元翼の理論などを用いた説明は特別な場合に限られることに注意するとき、非定常・3次元運動に適用される力学の法則に従って、鳥の飛翔のメカニズムをもっと一般的に理解しておくことが必要です。 そこで、飛翔の分類に先立ち、そのような説明を要約しておきましょう。


 鳥が、主として翼によって、周囲の空気を動かすとき、その反作用として、鳥は周囲の空気から力を受けます。 力学の法則に従えば、鳥が周囲の空気から受ける力は、鳥の周囲の空気の運動量が単位時間あたり増加する割合と大きさが等しく方向が反対になっています(第1ステージ 話題3)。 鳥に作用する力には、鳥が周囲の空気から受ける力以外に、重力および慣性力(速度の変化に伴う力)があります。

 鳥の羽ばたき飛翔は、2つの行程 -打ち下ろし行程と 引き上げ行程- から構成されています(下図参照、多少誇張して描かれています)。 打ち下ろし行程では、周囲の空気は下後方へ押し出されます。 その反作用として、鳥は上前方へ向かう力を受けます。 その力の垂直成分の大きさが鳥に作用する重力の大きさよりも大きいとき、鳥は浮上し 上前方へ投げ出されます(正確には 力積、初期運動量を用いた説明が必要)。 打ち下ろし行程が始まるとき鳥がある程度の速度(運動量)で進行していれば、(慣性を利用して)より容易に投げ出されます。 特に 大型の鳥(重力に対して翼を打ち下ろす筋力が弱い鳥)では、臨界速度(重力と釣合う揚力を作り出せる最低の速度)に近い程度の速度(運動量)で進行していることが必要条件となります。 上前方へ向かう力が大きいほど投げ出される速度も大きくなることは言うまでもありません。



 これに続く引き上げ行程では、もし鳥が周囲の空気から力を受けないとすれば、鳥は慣性により放物線を描いて飛行し、一旦上昇した後 下降して行くでしょう。 鳥に多少の抗力や負の推力、負の揚力が作用すれば、放物線は水平方向に縮まり、落下は早まるでしょう。 逆に、鳥に多少の正の揚力や正の推力が作用すれば、放物線は水平方向に伸び、落下は遅れるでしょう。 

 いずれにしても、鳥が放物飛行によって打ち下ろしを始めたときの高度まで降りてきたとき、引き上げ行程が完了し、次の打ち下ろし行程が始まれば、時間平均で見るとき、鳥は一定の高度を維持して飛行することができます。 投げ出し角度が小さく 羽ばたきが早ければ、平均高度からの変動は目立たなくなるでしょう。 打ち下ろしを早目にすれば上昇して行き、遅らせてすれば下降して行くことになります。 羽ばたき飛行では、速度は一定でなく、準定常理論では見過ごされていた鳥および周囲の空気の慣性が重要な役を演じていることに注意すべきです。

 羽ばたきの多様性は、打ち下ろし行程や引き上げ行程の時間、羽ばたきの振幅の違いは言うまでもなく、手首/肘/肩の関節の屈伸、翼幅方向に異なる翼弦/迎角/反りの時間的変化、風切羽の畳み/広げ、風切羽の隙間のできる分離などによって作り出されています。 それらの違いは、打ち下ろし行程における空気の下後方への押し出し、引き上げ行程における抗力や負の推力、負の揚力の抑制、または正の揚力や正の推力の保持を、それぞれの鳥の個性(大きさや翼の形など)や飛行の目的(通常の飛行、緊急の飛行、空中停止、離陸、緊急の離陸、軟着陸など)に合わせて、如何に合理的に効率よく自然体で行うかの方法に関係しています。 このような羽ばたきの方法は 羽ばたきに必要な筋肉や骨格の発達や進化の多様性にも 相関していると考えられます。 鳥の羽ばたき飛翔の特徴は、多自由度の動きと それを巧くコントロールする脳・神経の働きにあると言えるでしょう。


 我々がランニングするときの状態を考えてみると、例えば 右足で地面を下後ろへ蹴り、その反作用で上前方へ跳び上がり、降りてきたところで左足を着地し、地面を下後ろへ蹴り、その反作用で上前方へ跳び上がり、・・・・となっています(下図参照)。 足で着地してから下後ろへ蹴り終わるまでの間を 羽ばたきの打ち下ろし行程、上前方へ跳び上がり降りてくるまでの間を 羽ばたきの引き上げ行程 に対応させれば、羽ばたき飛行の感覚を容易に掴むことができるでしょう。  鳥の羽ばたき飛行は 正に 大空を駆けることです!  羽ばたき飛行で羽ばたきの振動数や振幅を上げることはランニングでピッチやストライドを上げることに対応しています。 実際に 両者は同じ力学のプロセスに従った推進の行動ですが、両者の間の大きな違いは 地面は固体であるが 空気は流体であるということです。 このために、つまり、流体(空気)の動きが複雑かつ多様で、肉眼では直接見ることができず、鳥の動きに対して周囲の空気がどのように動き、その結果 鳥にどのような力が作用するかを(流体力学の知識なしに)容易に知ることができないために、鳥の飛翔を理解することの難しさがあると言えるでしょう。



 2008年3月9日21時から放映された NHKスペシャル―人類最速9秒74!パウエル奇跡の肉体の特撮 ∇爆発的加速の秘密を今夜解明―を見ました。 スタートから最高速度に達する60m辺りまでは、着地から蹴り終るまでの時間を長くし、ストライドを伸ばしているが、その後 100mのゴールまでは、慣性を最大限に利用し、着地から蹴り終るまでの時間を短縮し、ピッチを上げていることを知りました。 これを鳥の飛行に翻訳すれば、離陸後 最高速度に達するまでは、羽ばたきの振幅を大きくして、打ち下ろし時間を長くするが、最高速度に達した後は、慣性を利用し、羽ばたきの振幅を小さくして 振動数を上げることになるのですが、果たしてそのような飛び方をしている鳥がいるでしょうか。 例えば、獲物を掴んで飛び立ち オオワシの掠奪から逃れ 飛び去って行くオジロワシの飛行などで見られるやも知れません。 いや、これは、地上(水上)から離陸(離水)し巡行飛行に移行するとき、全ての鳥に見られる 定番の飛行方法のようにも思われます。

 我々人間の地上での移動には、歩く、走る、全力疾走する、長距離を歩く・走る、抜き足差し足で進む、足踏みする、坂や階段を上る・下る、荷物を持って歩く・走る など、また、幼児、子供、大人、老人、陸上競技の選手 など、さらには、世界各地の多様な環境の中で生活している多様な民族 などによって、違いが見られます。 それらは、ただ足を前後に動かして前進しているといった単純なものではなく、(補足①で述べられたような)いろいろな力学の条件を満たし、移動の目的、周囲の状況、個人の能力(運動神経、内臓機能、筋力など)に合わせた移動の方法がとられています。 同様な違い、いや もっと複雑な違いは 鳥の羽ばたき飛行についても考えられることです。 それらは、ただ翼を上下に動かして前進しているといった単純なものでは決してないのです。 例えば、ツメバケイの羽ばたき飛翔。  鳥の羽ばたき飛行の数値解析や羽ばたき模型飛行機の製作の難しさもここにあるのです。

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