話題3. 静止した気体中で運動する物体(鳥)が受ける力

 話題2は、翼が剛体で、翼まわりの気流が非粘性・非圧縮性流体の定常・2次元流れであるという条件の 下で成り立つ流体力学の定理を用いて議論されました。 特に、循環を伴う翼に作用する力について詳しく 説明されました。 それらの結果は、運動する翼の速さが(音速に比べて)十分小さく、翼幅が(翼弦や翼厚に 比べて)十分大きい場合に適用できます。 それらは、大型や中型の鳥の帆翔や羽ばたき飛翔で、翼まわりの 流れや翼に作用する力を理解するために有用です。 しかし、循環を伴わないときや、翼の動く速さや翼幅が 上の条件を満足しないときには、もっと一般的な力学の法則や定理を用いなければなりません。 この話題3 では、圧縮性流体に対する力学の法則(表式)を用いて、静止気体中で運動する鳥に作用する力をもっと 一般的に考えてみましょう。

 

 図6

 まず、運動する物体(剛体)を内部に含む、空間に固定された大きな閉曲面(検査面とよばれている) を想定します(図6)。 そこで、この物体と検査面に囲まれた圧縮性流体に対して力学の第2法則(運動量と 力の関係)を適用します。 それは、

     (物体と閉曲面に囲まれた流体の運動量が単位時間に増加する割合)
         =(閉曲面を通して単位時間に流入する流体の運動量)
           +(物体表面および閉曲面から流体に作用する圧力および粘性応力)
             +(物体と閉曲面に囲まれた流体に作用する重力)

のように表すことができます。 静止気体中を運動する物体では、右辺の第1項、および第2項の 検査面から流体に作用する圧力および粘性応力は無視できます。 また、右辺第3項は地面に作用する 大気圧の反作用力によって打ち消されます。 一方、力学の第3法則(作用反作用)から、

     (物体表面から流体に作用する圧力および粘性応力=-(流体が物体に及ぼす力)

の関係が成り立ちます。 以上2つの関係から、

     (流体が物体に及ぼす力)
         =-(物体と閉曲面に囲まれた流体の運動量が単位時間に増加する割合)

の関係が得られます。 

 これから 「物体(鳥)が何らかの方法で周囲の流体に運動量を与えるならば、その反作用として、物体は 流体から力を受け、その大きさは物体が単位時間に流体に与えた運動量の大きさに等しく、その 方向は与えた運動量の方向と反対の方向にある」 という結果が得られます。 この結果は、鳥の体の 各部分についても言えることです。 もっと正確に言うには、微分や積分の考え方、ベクトルやテンソルによる 記述が必要になります(森岡茂樹、気体力学、1982、朝倉)。 もちろん、この一般化された結果は、話題2の 場合を特別な場合として含んでいます。 翼のまわりの循環、従って揚力が翼の迎角に比例して増加するのは、 言い換えれば、翼によって掻き下ろされて行く空気の運動量の垂直成分が翼の迎角に比例して増加する 様子を表しています。

   上の結果は、小型の鳥のホバリング、短腕裂翼の鳥の羽ばたき飛翔、尾やぼく足による操舵、着陸時に 逆気流を作り出す羽ばたきなどを理解し、それらの表現を考えるとき役立ちます。 言うまでもなく、これは、 航空機、宇宙機、船舶の、浮揚、推進、操舵、姿勢制御、制動に対する基本原理に他なりません。  上の結果は、鳥の飛翔の姿形を考えるとき、鳥のまわりに発生する、翼や尾などの動かし方によって多様に 異なる空気の動き(直接には見ることができないその姿形)を抜きにしてはできないことを如実に示してい ます。

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