翼(一般に物体)が一様な気流中に置かれているとき(翼が静止気体中を一定速度で動いているとき) 翼と流れの境界には境界層とよばれる狭い領域が存在します。 境界層を横切って、翼面でゼロの速度から 境界層の外縁で翼にそった流れの速度まで急激に変化します。 この急激な速度の変化は、翼面に そった応力となって、摩擦抵抗を生じさせます。
境界層は2種類に大別されます。 その一つは層流境界層とよばれ、(翼にそった流れから翼面 への)運動量の輸送は気体分子によって行われます。 他の一つは乱流境界層とよばれ、運動量の 輸送は気流の乱れによって行われます。 層流境界層は気流の速度が小さいときに生じ、気流の 速度が大きくなると乱流境界層になります。 (摩擦抵抗を与える)この運動量の輸送は分子 よりも乱れによる方が大きく、従って摩擦抵抗も層流境界層より乱流境界層の方が大きくなります。 乱れによる運動量の輸送は乱れの大きさにも関係し、乱れの大きい方が運動量の輸送は大きくなり、 摩擦抵抗も大きくなります。 いずれの境界層も条件が揃えば翼から剥離し、いわゆる境界層剥離が 起こります。 境界層剥離が起こると、翼が受ける抵抗は、摩擦抵抗だけの場合に比べて著しく大きく なります。 翼が受ける抵抗を節減するためには、何としても境界層剥離だけは避けなければなりません。
流れの速度が大きくなるとき、層流境界層は乱流境界層に移行しますが、遷移が始まるときの 流れの速度は、翼の形だけでなく、翼表面の滑らかさや気流に含まれた乱れの大きさによっても 異なります。 翼表面が粗いときや気流に含まれた乱れが大きいときは、気流の速度が小さいときでも 乱流境界層が現れます。
重要な事実として、乱流境界層は層流境界層に比べて剥離が起こりにくいことが知られています。 この事実に目をつけて、摩擦抵抗が多少増えても、境界層剥離を防ぐために、表面を粗くしたり、流れに 乱れを導入したりして、積極的に層流境界層を乱流境界層に変えることがよくあります。 境界層剥離が 起こらない限界で、なるべく小さな乱れを与えることが要求されます。 ゴルフボールの表面の凸凹、 フクロウ科の鳥の初列風切羽の櫛状の粗毛やそれからヒントを得た新幹線車両のパンタグラフの形状など はよく知られている例です。 野鳥が翼の迎角を大きくして低速飛行しているときにも、毛羽立てた前縁羽 や小翼羽を操作して翼を過ぎる流れに小さな乱れを導入し、層流境界層を乱流境界層に変えて、 境界層剥離を防いでいるように思われます。 このような抵抗節減の方法は、翼以外の部分の形状や 構造についても言えることです。 乗用自動車、高速鉄道車両、飛行機などの いわゆる 流線形も、この ような抵抗節減の方法にかなった形であることを意味しています。
なお、弱い乱流境界層を保持することによって、強い乱流や渦の発生を防止することは、消音にも 役立つことに注意しましょう。 実際に、暗夜に待ち伏せ猟をするフクロウは、止まり木から地上の獲物 まで、低速飛行とその消音機構(前縁初列風切羽の外弁の縁の櫛状の粗毛、初列風切羽の内弁の縁 の細毛、次列風切羽や尾羽の先端の長い細毛、翼や体の表面を覆う細毛など)によって、強い乱流や 渦の発生に伴う音波の発生を抑止し、消音飛行することで有名です(川のせせらぎの音が水藻の生育 によって消し去られるように)。