② 渡りでの省力・省エネルギー飛行

 鳥の渡りでは、省力・省エネルギーの飛行が要求されます。 省力・省エネルギーの飛行とは、 長距離を移動するのに、筋肉の疲労や体力の消耗を最小限に止める飛行方法をとり、上昇気流や 追い風、高度(位置エネルギー)や表面効果など、自然エネルギーや地形を最大限に利用することを 意味しています。 実際に、鳥の渡りに同行して撮影された映画“WATARIDORI”(2001年、フランス) (NHK衛星放送第2、2006年6月8日放映)などを見ていると、渡りのルートの地域・時間帯・気象状況 に対応して、省力・省エネルギーに有効ないろいろな飛行手段が用いられています。 渡り途中の 飛行は決して単調なものではないと思われます。


 筋肉の疲労や体力の消耗を最小限に止める飛行は、何と言っても滑空でしょう。 迎角のある 翼が水平に動くとき、翼の周りに循環流が自然に発生し、それは周りの空気を垂直下方へ押しやり ます。 その反力を体重と釣り合わせて(反力で浮き上がろうとする翼を体重で押さえて)飛行する わけです。 この場合、筋肉の力は水平に伸ばした翼で体重を支えることだけに使用されています。  なるべく胴の近くで支える方が筋肉への負担は小さくて済むでしょう。

 巡航速度で最小限に抑えられた抗力に対抗する推力は、普通、翼の羽ばたきによって供給され ねばなりません。 その羽ばたきは、水平に伸ばした翼系の固有振動に近い周期、必要最小限の振幅 で行われ、また、打ち下ろし-引き上げ行程での力の負担が最も小さく、揚力を維持し、平均推力を 最大にする翼の迎角や反りが自然に作り出されるような関節の屈伸によって行われるでしょう。  このため、渡りでの省力・省エネルギー型の羽ばたき飛行の姿形は、繁殖地や越冬地での短距離行動・ 生活機能型の羽ばたき飛翔の姿形とはかなり違った様子に見えます。 一例が ⑩渡り途上のマガンの羽ばたき飛行で示されています。

 巡行速度の低い小型の鳥では、その小さな体重と大きな加速度を与える推力を活用し 慣性を利用した 間歇羽ばたきバウンディング飛行 (補足③) によって、省力・省エネルギーの高速飛行もできるでしょう。


 多少なりとも上昇気流のある所では、それに乗ることによって省力・省エネルギーの羽ばたき 飛行や滑空飛行ができるでしょう。 上昇気流によって得られた位置エネルギーの増加は運動エネル ギー(推力の為す仕事)に変換され、羽ばたきに必要な力の負担やエネルギーの消費を軽減することが できます。 それは、我々が自転車に乗って走るとき、多少なりとも下り坂であれば、ペダルを踏む 力の負担が軽減され、楽に走れるのと似ています。 サバンナを通して敷設されている、太陽に熱せ られた舗装道路上に発生していると見られる上昇気流を利用して、道路に沿って並んで飛んで行く渡り 鳥などはその例と言えるでしょう。 海岸線に沿って移動する鳥では、海風・陸風を引き起こす上昇気流や、海風・陸風が崖の海岸を通過するとき発生する上昇気流を利用することもできるでしょう。 さらに、上昇気流が必要以上に大きい場合には、一旦高度を上げておいて(位置エネルギーを蓄えておいて)、その後徐々に滑空飛行の推力として用いることもできるでしょう。 実際に、翼面荷重の比較的小さなワシ・タカの渡りでは、局所的に発生する強い上昇気流を利用した飛行方法が用いられていることが知られています。

 一方、山を越える渡りでは、山麓や山腹で発生する上昇気流や山の斜面にそって登る上昇気流は、単に省力・省エネルギーに寄与するだけではなく、力の負担やエネルギー消耗の限界を解消する不可欠の条件にもなるでしょう。 強い上昇気流に乗って ほとんど羽ばたくことなく 空気の希薄なヒマラヤ山脈を越えて行くアネハヅルの渡りはそのよき例と言えます。 ついでに、冬の夕方 京都鴨川の畔で見られる不思議な光景、周辺で発生している上昇気流に乗って空高く舞い上がるユリカモメの大群も、東山を越えて琵琶湖のねぐらへ戻るために必要な行動と言えるでしょう。

 海上では、波を追い越して吹く風は、波の斜面を登る気流を作り出し、それは波頂に近づくとき加速されます。 そこで、鳥は、滑空の降下速度を波の傾斜を登る気流の上昇速度に合わせることによって、移動するうねる波の波脈に沿って帆翔することができるでしょう(海風が崖の海岸を通過するとき発生する上昇気流を利用するときのように)。 小型の鳥では、波がさほど高くなくても、波頂付近の上昇・加速気流に乗って波を越えるならば、前方上方向に投げ出される恰好になるでしょう。 これを 間歇羽ばたきバウンディング飛行の羽ばたき加速過程(エネルギー補給過程)に利用すれば、追い風であることも加わって、さらに省力・省エネルギーの高速飛行が可能になると考えられます。 ⑪ ツバメの渡り は そのような飛行を表しています。


 雁の渡りでよく知られている、凪いだ、または一様な風の吹く大空を行くV字形編隊飛行も、翼端から流出する自由渦の作り出す下降気流を先行する鳥の翼端から流出する自由渦の作り出す 上昇気流で低減させ(翼の右(左)端から流出する自由渦を先行する鳥の翼の左(右)端から流出する逆 向きの自由渦で相殺して)、誘導抵抗 を減少させていることで、省力・省エネルギーの飛行方法の一つと言えるでしょう。


 凪いだ海、湖、河口などでは、水面すれすれを飛行することによって、表面効果を利用した 省力・省エネルギーの羽ばたき飛行や滑空飛行ができるでしょう。  表面効果については、⑤ 海面すれすれに飛ぶウミスズメで 説明しています。 一見 着水するのではないかと見えながら、着水することなく 水面すれすれに 飛んで行く渡り鳥の群れの映像はよく見かけます。 ⑫ ウミウの移動 はそのような飛行を表しています。 


 追い風は、移動速度を増大し、省力・省エネルギー飛行には最も有効です。 特に巡航速度の 低い小型の鳥にとっては、重要です。  例えば、秒速5メートルの追い風に乗れば、時速18キロ メートルの速度が巡航速度に追加されるでしょう。 秒速10メートルの追い風に乗れば、時速36 キロメートルが追加されるでしょう。 鳥は大気の流れにできる境界層の存在を知っていて、追い風の ときは高い高度で飛行し、向かい風や横風のときは、アホウドリのような ダイナミックソアリングをする鳥は別として、低い高度で飛行していると思われます。 向かい風や横風が強いときや気流の乱れが大きいとき、近くの陸地や通り かかった船に降り立って風の収まるのを待っている渡り鳥の写真や映像もよく見かけます。 また、 冬は大陸から大洋へ、夏は大洋から大陸へ吹く季節風は、渡りの時期をそれに合わせれば、追い風と して利用できるでしょう。


 繁殖地と越冬地を結ぶ渡りのルートに、安全に休息がとれ、容易に採餌できる中継地があれば、 一気に長距離を移動することができなくても、多少回り道であっても、体力に応じた数の中継地を飛び継いで渡ることができるでしょう。 地域的・時間的に発生する上昇気流や追い風、または無風の状態を利用して中継地を飛び継いで行くこともできるでしょう。 ワシ・タカの渡りでは、地域的・時間的に強い上昇気流の発生することが中継地の必要条件になっていると言われています。

 中継地の条件は、渡り鳥がどのようにして体を休め、何を採餌し、どのような方法で離着陸や 飛行をするかにも関係していると考えられます。 また、中継地で外敵から身を守り、中継地の環境 に順応するために、外観や構造、筋力や内臓機能、飛翔の方法、採餌の種類などに、それぞれの鳥に 特有な進化も見られると思われます。 ⑬ ウズラの渡り もそのような例と考えられます。 繁殖地や越冬地と同様に、中継地の環境が大きく変化するとき、それに対応できない鳥は致命的な打撃を受けることでしょう。


 “現代の鳥類学-日本鳥学会70周年記念-”(1990、朝倉)の中の黒田長久氏の‘2 鳥類飛翔学-2.7 渡りと飛翔について’はぜひ読んでおきたいものです。 渡りに関する重要な事項、特に 翼の形態的適応や生理面での適応、が簡潔にまとめられています。 中継地での滞在が短く 長距離を移動する鳥では、それに耐えられる筋肉の強さ・機能や、エネルギー源としての脂肪の蓄え、高速飛行に有利な大きな翼面荷重などの進化も見られます。





 私共も、京都市とつくば市に分散した自宅の間を、タコメータ付き マニュアル車で、名神高速道-中央自動車道-首都高速自動車道-常盤自動車道 経由で渡りをしています。 それは、標高1000メートルを越える起伏の多い中央自動車道や合流・分岐の多い首都高速道 など、省力・省エネルギーの渡りや交通の流れの理論が体験・実証できるドライブコースです。 アルプスや富士山、花木草などの四季折々の美しい変化も見られ、時には諏訪湖畔の温泉郷を中継地にすることもできる快適な渡りのコースです。 危険、省力・省エネ、疲労に気を配りながら、大自然の美しさ、時の移り変わりを感じているであろう渡り鳥の心境が分かるような気がします。

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