滑空から弾道までの翼をすぼめた省力・省エネルギーの高速飛行を包括的に理解するために、以下のような簡単な力学の問題(慣性力を含めた力のバランスの条件)を考えてみるのが有用です。
地上からある高さに在る点から、斜め上方に向かって上昇飛行を始めた鳥を想定します。 出発点を原点として、水平方向にX軸、垂直上方にY軸をとり、出発点における速度のX成分をU、Y成分をVとします。 上昇飛行する鳥は、一定の抗力と揚力を受けると仮定します。 このとき、鳥の重心に対する運動方程式の解から、
u=U-Rt、 v=V-g't、 但し g'=g-L、
X=Ut-Rt・t/2、 Y=Vt-g't・t/2、 E={(U-Rt)(U-Rt)+(V-g't)(V-g't)}/2
が得られます。 抗力の垂直成分は揚力に含めておきます(上昇角度が小さいときは無視できるでしょう)。 ここで、t は時間、u はX方向の速度、v はY方向の速度、X はX方向の距離、Y はY方向の距離、R は抗力の水平成分/質量、L は揚力/質量、g は重力加速度、E は運動エネルギー/質量 を表しています。
まず、揚力も抗力も無視できる場合には、L=R=0、
u=U、 v=V-gt、 X=Ut、 Y=Vt-gt・t/2.
1回目のバウンディングが終了した点(Y=0)で、t=2V/g、X=2UV/g、E=(U・U+V・V)/2。 この場合には、羽ばたくことなく、連続して弾道バウンディング飛行ができます。 下方から上方への方向転換で、作用する力は移動方向と直角にあるので、その仕事は無視できるでしょう。 これは正にバウンディング飛行(跳ね返り飛行)の理想的な姿形です。
一方、重力と揚力が釣り合っている場合(g'=0)には、
u=U-Rt、 v=V、 X=Ut-Rt・t/2、 Y=Vt.
t=U/R(u=0)で前進できなくなり、このときの高さは Y=UV/R、運動エネルギーは E=V・V/2となります。 実際には、墜落の始まる前に滑空を始めるでしょう。 これは、間歇羽ばたき滑空飛行の姿形です。
一般の場合には、① 高さが 0 になる場合(2RV/Ug'<1)と、② 前進速度が 0 になる場合(2RV/Ug'>1)が区別されますが、① は間歇羽ばたきバウンディング飛行の条件を、② は間歇羽ばたき滑空飛行の条件に対応していると考えられます。
① の場合、最初のバウンディングが終了した時点で、
u=U-2RV/g'、 X=(2UV/g')(1-RV/Ug')、 E=(U・U+V・V)/2-(2RV/Ug')(1-RV/Ug')U・U
となります。 最初のバウンディングで、(2RV/Ug')(1-RV/Ug')U・U のエネルギーが失われます。 それゆえ、連続して同じバウンディング飛行をするためには、羽ばたきによって失われたエネルギーを補給する必要があります。 補給しなくてもバウンディング飛行はできるでしょうが、飛行速度は下がり、バウンディングによる飛行距離は次第に短縮して行くでしょう。
重要なことは“バウンディング飛行では、最初に高速度で出発すれば、その後は抗力で失った分だけ補給して行けばよい”ということです。 抗力が小さいほど、補給は少なくて済むことに注意すべきです。 これは、抗力を最小限に抑える弾道飛行が省力・省エネルギーに有効であることを示しています。 多少なりとも揚力が発生しているときには、g'<g となり、1回のバウンディングで飛行する距離 X=(2UV/g')(1-RV/Ug') は長くなりますが、抗力によるエネルギー損失は増加し、羽ばたきによる補給時間も増加します。 翼を畳んで揚力が発生していない場合も、上方へ向かう角度が0から45゜まで増加するに従って、1回のバウンディングで飛行する距離は増加しますが、抗力によるエネルギー損失は増加し、羽ばたきによる補給時間は増加します。 これらは“翼の畳み方や投げ上げ角度によって羽ばたき方や羽ばたく時間も異なる” ことを意味しています。
エネルギーの補給は、翼に作用する力による運動エネルギーの増加や方向転換に都合がよい、バウンディング飛行の最低位置(バウンディングポイント)の少し手前を中心に、羽ばたきによる加速によって与えられるでしょう。 羽ばたきを始める位置は バウンディング飛行の投げ上げ角度によって 多少変わると考えられます。
高速を維持するために必要な、大きな推力を作り出す羽ばたきの方法はいろいろ考えられますが、要するに、できる限り大きく、できる限り前方に傾いた力を作り出すこと、言い換えれば、周りの空気をできる限り勢いよく後方へ押し出すことです。
例えば、後上から前下へ円弧を描くように(空気を掻くように)勢いよく打ち下ろしてもできるでしょう。 我が家の庭先をかすめて飛んで行くヒヨドリも、このような羽ばたきを2~3回断続しながら、弾道バウンディング飛行して行きます。 第1ステージの ⑨セグロセキレイの羽ばたき飛翔で述べたように、進行方向に対してほぼ平行にした翼を上‐下方向または後上‐前下方向に羽ばたいて、正・負の揚力を相殺させて推力を倍増させる(連続的に発生させる)方法も考えられます。 また、第2ステージの ④強風中のシロカモメの飛行でも述べたように、羽ばたきの振幅や振動数を上げ、推力を最大にする風切羽の迎角や反りが自然に作り出されるように腕を屈伸・回転させる方法もあるでしょう。 短い翼ですばやく羽ばたく小型の鳥では、空気の動きの非定常・3次元性が大きな推力を作り出している可能性も高いと思われます。 いずれにせよ、それぞれの鳥の個性に合った 省力・省エネルギーな方法で、大きな推力を作り出すことが要求されます。 羽ばたきによって発生する推力が 鳥の飛行速度によって異なることにも注意すべきです。
“弾道バウンディング飛行は小型の鳥に限られる”という観測結果は、鳥の体重(慣性力)に見合う推力(揚力ではない)を作り出す能力(力の負担・エネルギー消費の条件)にあると考えられます。 それには 筋肉で用いられる代謝エネルギーからの考察が必要になるでしょう (R.マクニール アレクサンダー(東昭訳)“生物と運動 バイオメカニックスの探求”1992、日経サイエンス社)。 簡単な言換えをすれば、体重 従って慣性力(=体重×加速度)が鳥の代表的長さLの3乗に比例して増加するのに対して、推力を作り出す筋力の増加は Lのn乗(n<3)に限られ、それゆえ 加速に時間がかかり(羽ばたきの時間が長くなり)、バウンディング飛行とタイミングの合った加速(エネルギー補給)ができなくなるからです。