⑧ 敵の攻撃から逃避するシロチドリの群れ飛行

 単独で飛行していた鳥が敵の襲撃を受けた場合、一般的に知られている逃避の方法には次の二つがあります。 ① 比較的体が重く、翼面荷重が大きく、そのために切れのよい 方向転換はできないが、高速で飛行できる(高速で飛行しなければならない)鳥は、さらなるスピードアップによって襲撃から逃げ切る。 一方、② 比較的体が軽く、翼面荷重が小さく、そのために高速で 飛行できないが、切れのよい方向転換ができる(優れた旋回加速能力を持つ)鳥は、敵が近づいて来たとき切れのよい方向転換で身をかわす。

 群れで飛行している鳥が敵の襲撃を受けた場合も、方法は同じであろうと考えられますが、同時に“群れを利用して敵に標的を与えない”ことも重要な逃避・防衛の方法であると考えられます。

 スピードアップによって逃げ切る場合は、それぞれの鳥が作り出す前方へ引っ張る気流によって低減される抵抗の効果が考えられます。 その場合、(より大きな抵抗を受ける)先頭を行く鳥の交代によって、 高速を持続させ、また、それによる相対的な配置の変更によって攻撃の標的を眩ませることもできるでしょう。

 一方、切れのよい方向転換で身をかわす場合は、狙われていると感じた鳥が群れの側端にいるとき、その鳥は群れの中へ逃げ込もうとするでしょう。 これを合図に他の鳥達も逃げ込んだ鳥の方向に 一斉に切れのよい方向転換をするであろうと考えられます。 また、標的になった鳥が群れの中ほどにいるときは、その鳥を境目として両側に分かれて一斉に切れのよい方向転換をし、敵の攻撃をかわした後 再び元の群れの状態に戻るといった飛行パターンが考えられます。 同じ大きさ・形・色の多数の鳥が同じ動作で一斉に方向転換をすれば、配置換えの如何にかかわらず、標的としていた鳥がどれであったか 見失うことでしょう。 多数の鳥の方向転換によって作り出される気流は、追いかける鳥の方向転換に対して妨げにもなるでしょう。 「二兎を追うものは一兎をも得ず」の諺のように、攻撃の側からすれば、 標的を定めることは極めて重要なことではないでしょうか。 結局、群れから脱落した(体力のない)鳥が標的になるでしょう。 子供の頃によく遊んだ鬼ごっこを思い出します。 

2014年4月制作、実寸、1号

 シロチドリ(白千鳥)は日本の海岸や河口などで見られるやや大き目の小型の鳥(全長17㎝、翼開長36㎝)で、秋から冬にかけて群れで生活することが知られています。 群れの規模は数百羽にも 達すると言われています。 群れは水面の近くを飛行し、ハヤブサなどの外敵に襲われると、統制のとれた切れのよい方向変換によって、敵の攻撃をかわしながら逃飛行し、近くの草叢や灌木の茂みに逃げ 込むでしょう。

 旋回方向と反対側の翼を強く・大きく打ち下ろせば、翼には大きな推力と揚力が発生するでしょう。 打ち下しが進むにつれて体は旋回方向に傾き、翼は水平方向に近い位置に在ると考えられます。  このため翼には大きな重心まわりの旋回モーメントが作り出されるでしょう。 一方、強く打ち下ろした翼と反対側の翼は、垂直方向に近い位置でほぼ停止した状態にすれば、翼には推力は発生せず、大きな 揚力だけが発生するでしょう。 この揚力は鳥(の重心)を群れの中(旋回する方向)へ引きずり込むでしょう。 このとき、尾を広げれば、尾には押しもどす力が発生し、これもまた重心まわりの旋回モーメントを 作り出すでしょう。 これら二つの同じ方向・向きの旋回モーメントは併合して大きな旋回モーメントになると考えられます。 でも述べたように、切れのよい旋回とは 旋回加速度の大きいことで、よく知られた力学の法則から、重心まわりの“旋回モーメント/慣性能率”が大きいことを意味しています。 シロチドリの大きな翼開長や長い尾は大きな旋回モーメント が作り出されることを示唆し、全長から嘴と尾の長さを引いた値が短く、体重の軽いことは重心まわりの慣性能率が小さいことを示唆しています。

 シロチドリの群れの逃避行は、持ち前の切れのよい方向転換、水面近くでの有利な力学的効果、外敵の得意技の封じ込めなどを心得た防衛方法のよき例として 挙げられるでしょう。 鳥の場合、感知・判断から自律動作を経て行動実現に至る過程にはスピード感があり、特に襲撃を受けたときの逃避行動ではその極限にあると思われます。

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