⑧ 羽ばたいて飛行する方法-1、体重と釣合う揚力での飛行


通常の飛行(巡行飛行)

 大型の鳥は 一般に長腕で、羽ばたきの周期は循環流の発生・消滅の特性時間に比べて十分大きく、準定常・2次元流れの理論が漸近的に成り立つと見なせます。 打ち下ろし行程では、ほぼ真っ直ぐに伸ばした(循環流を伴う)翼を垂直に打ち下ろして、周囲の空気を下後方へ押しやり、その反作用として 上前方へ向かう力が作り出されます。 下向きの速度は翼の付け根から先端へ向かうにつれて大きくなるので、推力も大きくなるでしょう。 失速(境界層の剥離)を防ぐために、翼は先端へ向かうにつれて 前下に捻られるでしょう。 引き上げ行程は、多かれ少なかれ2点ヒンジの屈伸で、2段階に分けて行われると考えられます。 まず 初列風切羽は打ち下ろしたときの傾きのままで 次列風切羽を引き上げ、次いで 次列風切羽を止めて 初列風切羽を引き上げるといった方法です。 こうすることにより、揚力を保持し 負の推力の発生を最小限に抑えることができると考えられます。 推力がさほど必要でないときには、引き上げ行程の第2段階の一部または全部が省略されることもあります。 打ち下ろし行程と引き上げ行程で 翼の迎角や反りが自然に都合よく変わることにも注意しましょう。 打ち下ろし行程および引き上げ行程を通して 翼まわりには循環流が保持され 翼端から曳行渦が流出している場合が多く見られます。

 中型の鳥では、まだ 準定常・2次元流れの理論が定性的に成り立つと思われますが、中型の鳥に特有な羽ばたきの特徴も見られます。 例えば、打ち下ろし行程では、循環流を伴う翼の揚力(翼の動く方向に直角な力)だけでは重力と釣合う力が不足しているといった計算の例は、抗力も寄与している可能性や、打ち下ろし角度を大きくして左右の翼に挟まれた空気を押し出し揚力や推力を追加している可能性を示唆しています。 また、羽ばたきによって生じる渦跡にリング型の場合と曳行型の場合があるという観測は、引き上げ行程で、翼まわりの循環流が消える場合や、消えずに揚力が保持されている場合のあることを示しています。 引き上げ行程で、初列風切羽を勢いよく後方へ払い、推力や揚力を補強しているといった方法も見られます。

 小型の鳥や中型裂翼の鳥では、準定常・2次元流れの理論の適用には無理があると思われます。 重力と釣合う力には揚力(翼の動く方向と直角な方向に作用する力)だけでなく、抗力(翼の動く方向と逆方向に作用する力)や、揚力や抗力の発生過程で作り出される 非定常・3次元流れの効果 が揚力や推力の増強に寄与している可能性が高いと考えられます。 引き上げ行程では、翼を流れに沿って動かし 抗力や負の推力、負の揚力を最小限に抑える以外にも、裂翼の鳥では 風切羽に隙間のできる分離によって、また、円翼や扇翼の鳥では 風切羽の折り畳みによって、抗力や負の推力・負の揚力をさらに小さくしていることが観測されています。


高速飛行(緊急飛行)

 高速飛行は、空中で敵の攻撃から逃れるとき、獲物を追いかけるとき、仲間同士で争うとき、向かい風の中を飛行するときなどで必要になります。 ここでは 推力を上げる方法が問題になります。

 加速しにくい長腕の大型の鳥では、せいぜい羽ばたきの振幅や振動数を上げることに止まるでしょうが、大型であるために敵に襲われることも少ないと思われます。

 中型の鳥では、羽ばたきの振幅や振動数を上げる以外にも、いくつかの方法が見られます、例えば、翼を後上から前下へ円弧を描くように(空気を掻くような仕草で)勢いよく打ち下ろして推力を上げている場面はよく見かけます。 勢いよく打ち下ろした翼を真下まで近づけ、左右の翼に挟まれた空気を後方へ勢いよく押し出しても推力は上がるでしょう。 レースバトが急いで飛行するとき見せるように、翼を引き上げるとき勢いよく後方へ払っても推力は上げられるでしょう。 また、進行方向に対して平行に配し 平板状にした初列風切羽をすばやく羽ばたいて、推力を連続的に発生させる方法も考えられます。

 小型の鳥や中型裂翼の鳥では、そのすばやい羽ばたきと流れの非定常・3次元性のために、まだよく理解されていませんが、中型の鳥で見られる方法以外にもまだいろいろな方法が可能であると思われます。 キジのように、抗力を利用した羽ばたきで急上昇して高速滑空につなぐ方法や、体重が軽く加速しやすいことを利用して、バウンディング飛行につなぐ間歇羽ばたき飛行の方法なども見られます。 (羽ばたきを続ければ、速度は増加して行きますが 同時に空気抵抗も急増し、間もなく 力の負担・エネルギーの消費に耐え切れなくなるでしょう。)  飛行の軌道がランダムに変わることも、敵の攻撃を避けるために有効な方法であることが知られています。


低速飛行

 低速羽ばたき飛行は、空中から獲物を探すとき、弱い風に向かって風と同じ速さで飛行して空中停止するときや、着陸(着水)時に地面(水面)との衝突を避け地上走行(水上滑走)に滑らかに移行するために減速飛行するときなどで必要になります。 しかし、循環流を伴う翼では、揚力が飛行速度の2乗に比例して減少するので、低速飛行は非常に難しくなります。 低速で 重力に対抗する揚力をどのようにして作り出すかが問題になります。

 長腕の大型の鳥では、上方へ投げ出されるのに臨界速度に近い速度を必要とするので、低速飛行は ほとんど絶望的です。

 中型の鳥では、循環流を伴う翼の揚力に頼る場合、翼の迎角や反りを最大にして揚力をあげ、尾を広げ下に傾けてフラップ効果を作り出し、分離させて隙間のできた初列風切羽で翼列効果を作り出し、少し持ち上げた小翼羽の前縁スラット効果や毛羽立てた前縁羽による弱い乱れの導入によって境界層剥離(失速)を防ぐといった方法が用いられています。 このような方法では揚力とともに抗力も増すので、羽ばたきの振動数や尾の下げ方を変えて飛行速度を調節していると考えられます。 凪いだ海上や平らな地上では、海面や地面をすれすれに飛ぶことによって、表面効果を利用した低速飛行もできるでしょう。 次の補足⑨で述べられる、軟着陸するときにドバトやアホウドリが用いる減速羽ばたき飛行の方法も、低速飛行の方法として利用できるでしょう。

 短腕の小型の鳥では、小さな体重と大きな加速度を作り出す筋力を利用して、揚力だけに頼らずに、抗力や慣性、非定常・3次元流れの効果も利用した いろいろな低速飛行の方法が可能になると考えられます。 それらは後で述べるホバリングの方法とあまり変わらないと思われますが、すばやい動きと撮影の難しさから、まだよく知られていないように思われます。


空中停止(ホバリング)

 循環流を伴う翼の揚力だけに頼る 大型や中型の鳥では、停止した状態で、翼の後上から前下への打ち下ろしだけでは 体重を支えることが難しいので、風に向かって風と同じ速さで羽ばたき飛行することによってのみ 空中停止することができるでしょう。

 短腕の小型の鳥では、低速飛行の場合と同様に、小さな体重と大きな加速度を作り出す筋力を利用して、翼の揚力だけに頼らずに、抗力や慣性、非定常・3次元流れの効果なども利用した いろいろな方法が可能であると考えられます。 要するに、最初の打ち下ろしによって体重を越える十分な上向きの力が得られ、次の打ち下ろしを始めるまで 慣性によって最初の打ち下ろしを始めた位置より上方に滞在できれば、羽ばたきの方法はどうであれ、時間平均で見れば、一定の高度を維持して空中にとどまることができるはずです。 具体的にどのような方法が採られているかは、低速飛行の場合と同様に、肉眼では見えないすばやい動きと撮影の難しさから まだよく知られていないと思われますが、シジュウガラ、スズメ、ヒバリなどのホバリングに関するこれまでの情報から、鳥によって異なるいろいろな方法のあることが推測できます。

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