アクリル絵の具やバーニングペン、グラインダーに驚き、デジタル技術の発展を意識して、 欧米のリアルカービングに挑戦している今の人々は、油絵の具に驚き、写真技術の発展を意識して、 西洋絵画のリアリズムに挑戦した明治の初めの人々とどこか共通したところがあるように思われ ます。 日本の伝統的な彫刻や木工の技法を忘れ去ることはできず、欧米のリアルカービングを ほとんどそっくり真似ることには(少なくともそれを創作と言うには)疚しさを感じ、霧の彼方から 刻々と近づいて来るデジタルカービングを気にしながら、鳥の彫刻におけるリアリズム (北澤 他3名編:美術のゆくえ、美術史の現在、1999、平凡社)とは何かを問い質しています。
仏像の復元、舞踊やアクションのトリックなどですでに始められているように、デジタルカービング には いろいろな方法が考えられますが、例えば異なる方向から同時撮影された複数のデジタル写真 に基づき、ある瞬間における鳥の表面関数(多価・多尺度・多層曲面構造に対して一般化された設計図 /デジタル設計図)のデジタルデータを作成し、それらのデータを入力することによってコンピュータ 制御された切削機や塗色機を用いて、彫刻や彩色をすることが考えられます。 そして、それらの装置や機械の性能(精度や処理速度)の向上とともに限りなく現実に近い物ができると思われます。 ただ 形態的な正確さだけを追求するのであれば、デジタルカービングの開発研究に取り組むべきであろう と思います、再び米国や中国の模倣に甘んじないためにも。
自然の中の美の、ともすれば曖昧で 客観性に乏しい、旧態依然とした写実に止まらず、 飛翔の力学、形の科学、色彩の科学などの観点から、その美の中の真実を確かめ、それを表現 しようとすることは、科学技術の発展・普及した現代社会において、上に述べた問 “鳥の彫刻に おけるリアリズムとは何か?” に対する答えの一つかも知れません。 日本の野鳥の代表的な飛翔姿 20態(それぞれの飛翔方法を特徴づける決定的瞬間の姿25態)をまとめて一つの作品と考えてい ます。 “野鳥の基本的な飛翔姿”とでも言えるでしょうか。 作品1・2号では主として彫刻刀を使用しました。 それは、日本の伝統的な彫刻や木工の技に魅力を感じ、また、粉塵やモーターの騒音に弱い体質の こともあるのですが、縁(それを横切って導関数が不連続になる曲線)が多い多価・多尺度曲面構造の (特に中型や大型の)鳥の飛翔姿の彫刻には適しているのではないかと考えたからです。 幼い頃、 寝室の鴨居に掲げてあった「真善美」と書かれた額が父母の面影とともに脳裏に浮かぶのは歳のせいで しょうか。