飛翔姿の鳥の彫刻-鑑賞の手引き


 鳥の飛翔は“羽ばたかない飛翔”と“羽ばたく飛翔”に大別できます。



 “羽ばたかない飛翔”には、翼に発生させた揚力を利用する“滑空飛行”、翼に作用する抗力を利用する“パラシューティング飛翔”、鳥に作用する重力を利用する“急降下”、鳥の慣性(および重力の保存性)を利用する“バウンディング(はね返り)飛行”の4つがあります。

 滑空飛行は、様々な大気の流れを利用して、様々な帆翔を可能にします。 また、翼を変化させて、緊急加速滑空、消音低速滑空、減速滑空軟着陸など、様々な滑空飛行を編み出します。

 翼に作用する抗力を利用する飛翔には、いっぱいに広げた翼および尾を進行方向に対して直角に立て、急ブレーキをかけて緊急停止するときなどにも見られます。

 敢えて言うならば、失速墜落や錐揉み落下なども、容易に立ち直れる鳥にとっては、重力を利用した飛行方法として分類されても可笑しくないでしょう。

 バウンディング飛行にも様々あって、翼を完全に畳んだ弾道飛行、翼を少し広げて弾道距離を伸ばす飛行、翼を少しづつ広げて弾道を直線に近づける飛行、波を追越して吹く風を利用して間歇羽ばたき(空気抵抗で失った運動エネルギーの補給) を節約する飛行、などがあります。 投げ上げ着陸するとき、障害物を乗り越えるとき、木々の間をすり抜けるとき などにも、慣性が利用されています。



 “羽ばたく飛翔”は、航空機の飛行と対比させて説明されることが多いのですが、航空機の飛行は本来定常飛行であり、一方 鳥の羽ばたき飛翔は本来非定常飛行ですから、非定常性や3次元性が重要になる すばやく羽ばたく小型の鳥や中型の鳥では、航空機と対比させた説明には無理があり、現実と矛盾することが多くなります。

 最も一般的な 非定常・3次元運動に適用される力学の法則に戻って、人のランニングのメカニズムと対比させると、正しく、かつ 非常に分かり易く説明できます。 実際に 両者は同じ力学的プロセスに従うもので、ランニングで ストライドを伸ばすとかピッチを上げるというのは、羽ばたき飛翔では 羽ばたきの振幅を大きくするとか羽ばたき数を上げることに対応しています。

 この対比ですと、一定の平均高度を一定の平均速度で巡航飛行するときだけでなく、一定平均高度での緊急高速飛行・遅延低速飛行・ホバリング、離陸・上昇飛行、下降・着陸飛行など、あらゆる羽ばたき飛翔を包括的に理解し、説明することができます。


 鳥の羽ばたき飛翔は 「なるべく少ない力の負担・エネルギーの消費で、空気を下後方または下方へ効率よく押し出す打ち下ろし、ブレーキを掛けない(負の推力や負の揚力を発生させない)引き上げ をどのようにするか」 にありますが、実際に、それらは、(棲息環境に応じて進化したと見られる) それぞれの鳥の個性(鳥の大きさ、翼の大きさ・面積、翼・羽根の形、尾の大きさ・形、など)、飛翔の目的やそれに対応する飛翔の方法によって、多様に異なります。 具体的には、それぞれの鳥の飛行体勢の相違、羽ばたき動作における手首・肘・肩の関節の屈伸、翼幅方向に異なる翼弦・迎角・反りの時間的変化、 風切羽の畳み・広げや隙間のできる分離などの相違、尾の曲げ方や広げ方などの相違によって示されるでしょう。 それぞれの飛翔姿の鳥の彫刻には、それらの違い(特徴)が 正しく表現されていなければなりません。


 さらに進んだ話をすれば、鳥の動きやそれに対応する周囲の空気の動きには、時間的な多重構造があって、より小さな時間尺度での力学的作用・効果は、累積・平均化されて、より大きな時間尺度での力学的作用・効果の中に現れるという仕組があります。 ある瞬間を捉えた鳥の飛翔姿には、小さな時間尺度での動きの特徴が表現されていなければなりません。 時間や長さの尺度によって 姿形や色彩が異なって見えるのが、多重構造現象の特徴であることに注意すべきです。

 それぞれの鳥に特有な飛翔を特徴づける決定的瞬間の姿形は、テレビやビデオの映像では見ることのできない、彫刻の特質です。 (我々の処理能力を越えた夥しいコマ数の情報は無用であり、小さな時間尺度での動きの特徴は見落とされる。)
 (小さな時間尺度での動きは高速度撮影ビデオのスローモーション映像などで見ることができます。   それは 決定的瞬間の姿形を見出し、また、飛翔の力学の問題を考える上で 欠くことのできないプロセスです。)



 鳥が飛翔するためには、単に飛翔に必要な揚力や推力を発生させるだけではなく、力のバランス、モーメントのバランス、安定性、制御性、操舵性、抵抗の節減、力の負担、エネルギーの消費、構造強度など、多くの条件が満たされている必要があります。 それぞれの鳥が これらの条件をどのようにしてクリアしているかを確かめ、その特徴が表現されていることも重要です。 目的・環境・能力に合わせて、これらの条件の全てにわたって総合的に優れた姿形 ‐力学的に理想的な姿形‐ が最も自然で美しく感じられます。


 鳥は主翼と尾翼(ときには蹼足)の連携動作によって、垂直尾翼なしでも、自由に方向を変える技をもっています。 方向を変えている飛翔姿の鳥の彫刻では、それぞれの鳥が、それぞれの個性に合せて、どのような方法をとっているかを観察し、その特徴が表現されていることも重要です。 重心に関する旋回方向のモーメント/慣性能率が大きいほど、切れがよくなることに留意すべきです。


 さらに、長距離を移動している(渡りをしている)鳥の場合には、最小の力の負担・エネルギーの消費をもたらす羽ばたき、上昇気流や追い風の利用、平坦な地面や凪いだ水面をすれすれに飛ぶことによる表面効果の利用、大型の鳥では編隊飛行による誘導抵抗の削減、小型の鳥では慣性を最大限に利用するバウンディング飛行、など 様々なエコ飛行の方法が用いられています。 長距離を移動している鳥の飛翔姿の鳥の彫刻では、そこで用いられている、それぞれの鳥に特有なエコ飛行の方法が正しく表現されているかどうかにも注意すべきです。



 言うまでもなく、これらの“飛翔姿の鳥の彫刻”を鑑賞するときのポイントは、取りも直さず、バードウオッチングで飛翔している野鳥を観察するときのポイントです。 野鳥の識別、それらの形態や生態の観察に加えて、それらの飛翔方法を観察し その力学を考察すれば、バードウオッチングの魅力はさらに向上するでしょう。  (それぞれの鳥によって異なる飛翔方法の多様性、特に羽ばたき動作の多様性は、鳥の飛翔の力学の問題を考えるとき、そのモデル化において、特に注意すべきことです。)


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